Hiroshimaをつ・た・え・る基礎講座ー第2期

第10回基礎講座を開催しました

6月22日(土)、第10回のWFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。講師は長崎市家族証言者の沖西慶子さん。 沖西さんのお母さんは、長崎で被爆。長崎のことについて、お話を聞くことはあまりないので、よき学びの時となりました。講演の後は、ヴィオラとピアノ演奏もあり、音楽の力も感じるときとなりました。

第9回基礎講座を開催しました

5月25日(土)、第9回のWFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。講師は元広島市長秋葉忠利さん。 アメリカに留学したときの経験から、一貫して核兵器廃絶のために、取り組んでこられた姿勢に、受講者は感銘を受けました。  希望をもって市民のできる平和のための活動を続けていきたいと思わされるお話でした。

第8回基礎講座を開催しました

4月26日(金)、WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座(第2期)第8回目の講座は、放射能影響研究所(RERF)見学。

「放射線とは何か」(小中学校に出前授業されている内容)について、レクチャーを受け、質疑応答。ビデオ視聴、施設内の見学をしました。質疑応答では鋭い質問もあり、とても有意義な時間となりました。

9月28日(土)午後、市民講座を企画されるそうです。第3期基礎講座の第1回目の日で、基礎講座は午前中。忙しい一日になりそうですが、よき学びの機会になるのではないかと思います。まだ、放射能影響研究所行ったことのない方、ぜひ、一度見学に行ってみられたらいかがでしょうか(要予約)。

第7回基礎講座を開催しました

3月23日(土)、第7回の WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。

講師はヒロシマを語り継ぐ教師の会、梶矢文昭さん。
6歳の時被爆され様子をご自身が描かれた絵を用いながら、話してくださいました。 原爆の悲劇を語るだけでなく、広島の人々の戦後の力強い生き方にも触れられ、ご自身のポジティブな生きる姿勢に、勇気づけられました。

第6回基礎講座を開催しました

2月23日(土)、第6回の WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。

講師は中川幹朗さん。多くの人が訪れる広島の爆心地近くにある平和公園。原爆が落とされる前は、多くの人々が暮らす町でした。中川さんは、その場所で暮らしていて、疎開などで、生き延びた方達を丹念に探し出し、証言を残す活動をされています。 お話をお聞きして、当時の人々の生活が生きいきと甦ると共に、人々の命と生活を破壊する原爆の非人道性について、あらためて考えさせられました。

友愛2月号—「立命館大学国際平和ミュージアム」スタディツアーに参加して

友愛
特定非営利活動法人ワールド・フレンドシップ・センター機関紙

「立命館大学国際平和ミュージアム」スタディツアーに参加して」 
髙橋勝己

小雨降る1月末日、京都にある「立命館大学国際平和ミュージアム」を訪問しました。ツアーは総勢8名(WFC理事4名、Hiroshima をつ・た・え・る・基礎講座受講者4名)。JR京都駅で同ミュージアムのボランティアガイドの谷川佳子さんと合流し、彼女の先導でバスにて衣笠山の麓にある立命館大学へと向いました。谷川さんによると同ミュージアムは大学発のものでは世界に類を見ない規模と内容とのこと、期待に胸が弾みました。

先ず訪れたのは、岩国出身の末川博名誉総長の名を冠し、末川先生の遺品展示等がある末川記念會館。ここで、5歳の時に横川で被爆し、現在は京都原水爆被災者懇談会世話人でもある花垣ルミさんが私たちを迎えてくれました。

館内のレストランで昼食、メンバーの自己紹介の後、花垣さんの被爆証言を聞きました。被爆時の様子、とりわけ三滝方面への避難の際に経験したことが後年になってフラッシュバックしたそうです。

隣接するミュージアムへと移り、まず玄関先で“アンネのバラ”が迎えてくれました。建物に入ると、居心地のよい広い空間のラウンジが待っていました。東西の壁面には、戦争禍の過去から明るい未来を表す手塚治虫「火の鳥レリーフ」二枚が光彩を放ち、また印象に残る「ムッちゃん平和像」が鎮座して迎えてくれました。谷川さんの説明によると、ムッちゃんは結核のため防空壕に一人隔離されたまま、戦争が終わったことも知らずに飢えて死んでいった少女だそうです。

続いて、いよいよメインテーマ、“平和をみつめて”の常設展がある地下一階へと向かいました。横手に大きな「わだつみ像」を見ながら階段を下ると展示が始まります。この階では「十五年戦争」と「現代の戦争」の二つのテーマに分かれて展示。特に前者のコーナーには、一次史料に基づく膨大な展示、史実に依拠したニュートラルで分かりやすい説明文があり、感動しました。知らないことをいっぱい発見することができました。

このミュージアムは、立命館が戦前に軍事色の強い学園であったことを自ら痛烈に反省したうえで設立されたものであり、“平和創造の主体者をはぐくむ”とする強い意志が随所にみられました。

展示の内容はそれぞれ重く、テーマを列挙しますと、①軍隊と兵士(帝国軍隊の特徴)、②国民総動員(戦争協力体制)、③植民地と占領地(抗日運動)、④空襲・沖縄戦・原爆、⑤平和への努力(日本人の反戦運動)、そして⑥戦争責任です。中でも、兵士がかついだ30㎏にもなる背嚢の重さ、当初、原爆投下の第一順位にあった京都への投下計画(梅小路機関区から半径2.4㎞の円)を示す航空写真、抗日スローガン等が強く印象に残りました。

続いて、二階に上がり「平和創造展示室」を見学しました。ここでは、“戦闘状態がないことだけが平和ではない”、を中心テーマに、暴力と平和を考えるコーナーの紹介があり、身近にある様々な課題に気づきました。

隣には、長野県上田市にある戦没画学生の美術館「無言館」/京都館-いのちの画室があり、若くして命を落とした画学生たちの作品と向きあいました。

今回の「立命館大学国際平和ミュージアム」訪問では、学術的知見の上に構築された膨大な展示物を通して、戦争の愚かさとともに、平和への志向は個人の主体的な行動によって現実化するということを体感でき、今後の平和活動に向けて大変に有意義なツアーでした。

ガイドをしていただいた谷川さん、花垣さん並びに同行いただいたWFCの理事の皆様に感謝申しあげます。

未来へはばたく「火の鳥レリーフ」をバックに、
左から、仁木さん、渡辺さん、松野さん、三保さん、車地さん、田口さん、高橋、立花さん
未来へはばたく「火の鳥レリーフ」をバックに、
左から、仁木さん、渡辺さん、松野さん、三保さん、車地さん、田口さん、高橋、立花さん

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第5回基礎講座を開催しました

1月26日(土)、第5回の WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。講師は西村宏子さん(シュモーに学ぶ会)。戦後、アメリカから仲間共に、家を建てるために広島にやってきたシュモーさん。シュモーさんがどうして、広島に来ることになったのか、どのように、どのような想いで、広島に家を建てたのか、詳しく聞きました。シュモーさん達の建てた家(集会所)が、一軒江波に、現存して、今は、シュモ―ハウスと呼ばれる展示施設となっています。ぜひ、一度見学に来てください。 http://www.pcf.city.hiroshima.jp/schmoehouse/

第4回基礎講座を開催しました

12月8日(土)、第4回の WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座が開かれました。講師は渡辺茂美さん(ジャーナリスト)。中国放送勤務時代、原爆、Hibakushaに関する多くドキュメンタリー作品を手がけられた方。第1期に続いて講師を引き受けてくださいました。広島菜で知られる川内地区、1945年8月6日、川内村の男性たちは義勇隊として、建物疎開にでかけ、被爆、約200人の方が亡くなられました。そして、川内村には約80人の未亡人の方達が残されました。渡辺さんは、川内村の記録「そして妻たちが残った」という作品を残してられます。取材の中で感じられたことなどをお話くださいました。本川、西平和大橋の川上(平和公園側)に、義勇隊の碑があります。ご存知ない方は一度足を運んでみてください。

第3回基礎講座を開催しました

11月24日(土)、WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座(第2期)第3回目の講座は、軍都廣島の中心を歩くフィールドワーク。案内は多賀俊介さん(廣島・ヒロシマ・広島を歩いて考える会代表)広島城内、周辺の旧陸軍関係の施設跡や碑をみてまわりました。歩いてみるとその広さを感じる事が出来ました。原爆投下の標的とされた理由の一つ軍都廣島について、加害の側面についても知ることが出来たフィールドワークでした。

第2回基礎講座を開催しました

10月27日(土)、WFC Hiroshima を つ・た・え・る 基礎講座(第2期)第2回目の講座が開かれました。講師は小倉桂子さん(HIP, Hiroshima Interpreters for Peace 平和のためのヒロシマ通訳者グループ代表) 「ヒロシマを世界に伝える」というテーマでお話しいただきました。

ご自身の被爆体験も語ってくださり、受講者のみなさん、小倉さんの話に引き込まれ、感動されたようでした。

広島市の平和施策の現場で、広島を訪れる方に、また、海外に被爆の実相を伝えるため、重要な役割を果たされた、小倉馨さんのお話や馨さんの死後、その志を引き継がれ、現在に至るご自身の活動について、語ってくださいました。

ヒロシマを知ったものには、責任がある。そして、勇気と想像力という言葉が、印象に残りました。語ってくださったことを自分のものとして、広島を訪れる方に、伝えていきたいと思わされました。